学校系詰・ダンス



「ぎゃ!」
 蹴躓いた。
 言っとくけど、オレはこんなこと滅多にない。ないっスよ!
 初めてのキャットウォークでだって、綺麗に歩いて、最高の笑顔を見せながら、華麗にターンを決められたのに。
「……大丈夫ですか、黄瀬君」
 ととと、と蹌踉めいて、なんとかバランスを取って持ちこたえたオレを、黒子っちは心配そうに振り返る。
「な、なんとか……」
「もう一回一緒にやってみましょうか」
 そして彼は、いつもながらのクールな表情で、それでいて優しい言葉をかけてくれる。
 きゃー! 黒子っち、優しい!男前ぇ! でもオレ、黒子っちのステップをじっとガン見させてもらった方がほんとは上手くいくんスけどね。
「お願いするっス!」
「じゃあ、赤司君、もう一度お願いします」
 オレが即座に頼み込むと、黒子っちはオレたちと並ぶもう一人の男前に声をかける。
 この人っスよ、オレに「涼太はコピー禁止」って言い渡したの。しかも文化祭の出し物ステージ、今年は運動部各部対抗とかいって体育館を使ってる部活の謎協定が結ばれた特別ステージにダンスで登録して、オレと青峰っちと緑間っちを三人並んで踊らせる事を決めたのも。
 その理由は、でかい男三人、しかも背丈ほぼ同じが揃って踊ってるとなんか面白いから。で、「おまえらの運動神経なら、支障もないだろ」ってニヤッと笑ってくれたんですけど、すみません、オレが赤司っちの計算違いでした。
 ブツブツ文句言ってた青峰っちは、なんか滅茶苦茶こういうのが上手い黒子っちに教わったら一日で振り付けマスター。緑間っちは二日目で課題クリア。未だに蹴躓いたり、とこどこリズム取れないの、オレだけっス。
 まあその理由は、コピー禁止って事で、振り付けを紙に書いたポーズ指示書で教わって、教えてくれる黒子っちと赤司っちと並んでずっと踊り続けてるからだとオレは思うんスけど。
 で、赤司っちは黒子っちと遜色劣らず上手いのに、自分はステージじゃ踊らないっていうし、踊るだけで教えてくれないし。
「……」
 赤司っちがオレにチラッと視線を向ける。
「もう一度、お願いします……」
 なのでオレはちゃんと自分でも、この鬼主将に頼み込む。
「仕方ないな。敦、もう一度だ」
「はーい」
 指示を受けた紫原っちは、オレのiPodの液晶画面をちょいと指で押す。スピーカーと繋げてんスけど、っていうか紫原っち、菓子食った手で弄って、オレのiPodあんま油っぽくしないでよ。まあ、とりあえず、再度トライで頑張ります。
「〜っ!」
「……またか」
「アイツ、無理じゃねえの?」
「そうだな」
 オレがミスるたびに、練習を見にやって来た青峰っちと緑間っちがなんか言う。くっそ。負けたくねえんスけど。
「ちょっと休憩しましょうか、黄瀬君」
「黒子っち……」
「かなりよくなってきました、前より」
「ありがとっス。こんなに付き合わせてごめんね」
「いいんです」
 気にしないで、と黒子っちはへこたれて座り込んだオレの背をポンと叩いていく。
 正直オレは、誰かに面倒見てもらうとか世話になるって事はこれまで滅多になくて、しかもそれが同い年の誰か相手ってのはほぼ初めての事で。
 黒子っち、尊敬するっス。
 能力もなんだけど、我慢とか根気とか優しさとか気配りとか、オレも一応出来るとは思うけど、俺とは違う質のものを黒子っちは持っている。
「なあ、アイツ、コピーさせた方がいいんじゃねえの?」
「なんだ、大輝」
「それはオレも思うのだよ、赤司。あれでは見苦しいだけだぞ」
「真太郎もか」
「それに、その方が話が早い」
「まあな」
「じゃあ、なんでやらせねえんだ?」
「今の方が面白いからだ」
「む……受け狙いか」
「あー。確かにアイツがミスすんの、受けるだろうけどよ」
「それもあるけどな。でも,アレは負けず嫌いだから、今の方が面白い」
「……まあ、それはそれでもいいけどよ」
「酔狂だな。こんな練習におまえがずっと付き合ってまで。随分と珍しい」
「たまには、な」
 オレは踊る踊る踊る。
「黄瀬君、笑顔」
 はい、黒子っち。
「涼太、顔が緩みすぎだ」
 スンマセン、赤司っち。はい。踊る踊る踊る。
「……まあ、一応出してもいいレベルだな」
 ようやく赤司っちの許可が下りたのは、文化祭の二日前。
 黒子っちも「黄瀬君も頑張りましたよ」て言ってくれた。はい。悔しいけど、今の自分がパーフェクトじゃない事はオレもわかってるっス。いざとなったら笑顔でカバーするっス。
「っ!」
 って事で、オレがそのいざとなったら用に参考にしたのは、パリコレとかNYとか、いい感じのランウェイ。
 うちの事務所はこういう系統で,オレもファッションモデルの系統で育ててもらってるんで、資料としてこういうショーの映像、秘蔵のやつがあるんスよ。最高の見せ方をする為に歩いて、滑ったり転んだりしても、まるでそれが演出の一部かのような顔でカバー。余裕の表情で、綺麗に笑って見せる。
 もう少し言葉を何とか出来るようになったら、オレもパリにオーディション受けに行きたい。そんな野望を実は密かに抱いてる。だから、実はこの手の映像、割と見てんすよ。
「きゃー!!!」
 軽く躓いたオレが、緑間っちと青峰っちとはちょっとずれたターンを決めて笑うと、場内からは歓声が湧き上がる。
「黄瀬くーん!」
 はいはい。ありがと。君ら、オレならなんでもいいってことスね。
 後で皆には怒られそうだし、一人だけやっぱり失敗しちゃったオレはあんま格好良くはないけれど、ちゃんとこれが演出って感じで笑います。それがオレの役目でしょ?
「まあ、この程度か」
「充分頑張りましたよ、黄瀬君。とりあえず受けてはいるみたいですし」
「そうだな」
「……これも、計算のうちですか?」
「なんだ、テツヤ」
「コピーすれば完璧に踊る事が出来ていいでしょうけど、今の方が人気が出そうです、黄瀬君は。緑間君と青峰君がなんだかんだと上手い分、特に」
「別にそこまでは考えてないさ」
「……」
「ただ、僕が見てみたかっただけだ」
「楽しそうですね,赤司君」
「問題でも?」
「いいえ。……結果オーライですし」
「だろう」
 ステージが終わってから、オレは青峰っちと緑間っちにまず一発ずつ小突かれて、それから赤司っちと黒子っちに謝りに行った。
「スミマセンした……」
 あーん、鬼主将、怒んないで!
「まあ、いいさ」
 だけど赤司っちは意外にも優しく笑う。
「よく頑張ったな,涼太」
 で、本日の舞台監督はオレを労いつつ、今日はスポドリ&タオル係の紫原っちからタオルを受け取って、手にしたそれでオレの額から零れる汗をそっと拭ってくれた。
 やだ、この人、いきなり優しい。何この、飴とムチ感。ちょっとハマるっスよ。
「ありがとっス……」
 オレが「惚れちゃうわ」なんて思ってると、彼の後ろで何だか黒子っちが滅多に見ない感じの微妙な表情を浮かべてるのが見えた。

 オレに何か言いたそうっスけど、どうかしたんスか、黒子っち?



(2012.9.7 pixiv初出)