「赤司っち、オレ、赤司っちのことだーいすき」
チュッと音を立てて、黄瀬は赤司の掌にキスをした。
赤司のバスケが好きだ。最高の手だ。手が綺麗だ。あんまり綺麗だから、キスしたくなった。
そんなことを酔っ払い特有の脈絡のなさで口にして、黄瀬は赤司の手を取り、その掌に唇を触れさせた。
「……そう」
「あ、その目は疑ってるっスね? オレ、本気っスからね。赤司っち……すきー」
その告白に赤司が淡々と答えると、黄瀬は手にしたチューハイのロング缶を投げ捨てて、彼の首にまるで縋るようにして抱きつく。
「好きっスよー……赤司っち」
黄瀬はまず彼の髪を抱いて、赤司のつむじにそっと唇を落とした。
「赤司っち、かぁわいい……」
「こら。涼太、くすぐったいよ」
「んー。やだ。もっとさせて」
やんわりとした制止を振り切り、彼は赤司のあらゆるところにキスの雨を降らせていく。
「赤司っち」
髪の生え際、額、瞼、鼻の頭。徐々にキスの位置を下げていき、互いの目線がぶつかり合ったところで、黄瀬はニヤッと笑いを浮かべた。
「好きっス」
黄瀬の唇は、彼が先程まで飲んでいたグレープフルーツハイの味がした。
酒宴の席で、大体一番にへべれけになってしまうのは黄瀬だ。それは普段あまり酒を飲み付けないためだろう。
そもそも、黄瀬は酒には強くない。だから、さっきまで自分が飲んでいたチューハイの缶と、青峰が自分用にと市販のチューハイに更に焼酎を注ぎ足したアルコール高濃度のものを取り違えたことにも気付かないのだ。
「涼太」
チュッと音を立てて赤司にキスをして、黄瀬は嬉しそうにニコニコと笑う。
「なんスか? 赤司っち」
「駄目だろう、こんなことしちゃ」
「えー。いいじゃないスか。ね、もういっかい」
その行いを赤司が窘めると、黄瀬は口惜しそうに彼を見遣り、再び顔を近づけた。
「んー……」
「まったく……仕方がないな」
半目開きで黄瀬が唇を近づけてくるのに、赤司は苦笑を零し、ほんの少しだけ自ら彼に顔を寄せる。
それは首を軽く屈めるだけの僅かな動きだ。
けれど、それを見遣って、黄瀬は嬉しそうに赤司と唇を重ね合わせる。
「好きっスよ、赤司っち」
「そう……」
嬉しそうに己に抱きついてくる黄瀬の髪を、赤司は優しい手付きで撫でた。
「僕もだよ、涼太」
「うおっ! 何コイツ、オレの酒飲んでんだよ!」
部屋に戻ってきた青峰は、自分の飲みかけのチューハイ缶を握りしめた黄瀬が床に転がっているのを見遣って、顔を顰めた。
「間違えたんですね、黄瀬君」
彼と共にコンビニエンスストアにつまみの買い足しに行っていた黒子は、手にした荷物を床に下ろし、心配そうに黄瀬の顔を覗き込む。
「つーか、なんで間違えんだよ。ちゃんと名前書いてあるだろ!」
焼酎の倍増しをした青峰の缶には、赤司が手ずから「ダイキ」と名前を書いてやっていた。彼はいつでも酒をミックスしたがるので、こういった飲み会では青峰の缶には必ず名前を記入するのが習慣となっている。
「酔ってるからだろ。涼太は酔うと見境がなくなるから」
「見てたならおまえも止めろよ、赤司……」
「気付いたら、涼太が大輝のを飲んでたんだ。仕方ないだろ」
青峰の非難を素知らぬ顔で受け流し、赤司は自分のチューハイ缶に口を付けた。この中身も約半分ほどは黄瀬に飲まれてしまっている。先程、黄瀬が「赤司っちの味見させて」とやけに甘えてねだってきたのでついつい与えてしまったのだ。
「もしかして……赤司君、黄瀬君にキスされましたか?」
「うん。されたよ」
気付いた様子で黒子が尋ねかけてくるのに、赤司はコクリと頷いた。
「うわ! ……いいのかよ、おまえ」
淡々と事実を認める赤司の姿を見やって、青峰はなんとも怪訝な表情を浮かべる。
「いつものことじゃないか、涼太のは。大輝もテツヤもされたことあるだろ」
「はい」
「まあな……」
黄瀬が酔うとキス魔になることは、皆が承知済みの事柄だ。
帝光中時代の面々での飲み会に緑間が参加しなくなったのは、したたかに酔った黄瀬が彼にディープキスをした為である。以来緑間は、黄瀬からのメールには、例えそれがどんな内容であっても「死ね」の一言しか返さなくなったそうだ。
「でも、ちょっと意外です。赤司君が大人しくキスされてるなんて。これまでは上手く避けていたでしょう?」
「うん。まあ、今日はちょうど大輝がいなかったから、盾に出来るものがなかったしね。だったらたまにはいいかと思って」
「っていうか! いつもオレを盾にすんなよ!」
「いいじゃないか。敦だと大き過ぎるし、テツヤだと盾にするには小さいから、大輝がちょうどいいサイズなんだ」
「てめっ……!」
「大体、隙がある大輝が悪い」
からかいに青峰が噛みついてくるのに、赤司はおかしそうにくつくつと笑いを零す。
「まあそれに、涼太が素面の時に、この前僕にもキスしたって言ったらどんな顔するかちょっと見てみたくなったんだ」
「あー……おまえ、そりゃ、コイツビビって死ぬだろ」
「それは動揺するでしょうね、黄瀬君も」
「ついに旧チームメイト全員斬り達成だ。涼太もよくやるよ」
赤司の投げ掛けに、青峰と黒子は揃って顔を引きつらせた。それを見遣って、赤司は更に楽しげに笑い声を上げる。
「なんだか楽しそうですね、赤司君」
彼が笑う姿をチラッと見遣り、黒子は軽く頬を傾いだ。
「だって、もう楽しむしかないだろ」
そんな彼に、赤司は目を細めつつ言葉を返す。
(「好きっスよ、赤司っち」)
耳の奥にまだ、先程の彼の声が残っていた。
甘ったるい告白は、酒の力に任せた仮初めのものでしかない。それでも、その言葉は心地よく赤司の耳に馴染んだ。
「まあ、隙があったのが悪いんだ」
自分も、彼も。
「自業自得だよ」
床に転がる黄瀬の髪を、赤司は彼のキスの跡が残る掌でそっと撫でた。
(2012.7.9 pixiv初出)