好きな人に撫でてもらうのはいい。すごく気持ちがいい。
だから、それが欲しい時には、オレは「撫でて欲しい」って思いながら、彼を見る。
チラッ、チラッ、チラッ。
アイコンタクトは三回くらいがいい。だって、一回だけじゃオレがねだったってポーズにならないでしょ。たまに気紛れにあちらから手を伸ばしてくることもあるけれど、そんな時は「そういう気分なんだな」ってことでオレの方は受け止めてる。
いいよ。強引にされるキスから始まるセックスも悪くない。むしろ、たまにならすごく興奮する。
だけどいつもそんなのばっかりじゃ、お互いに疲れるし、マンネリにもなってくる。それにオレは優しく撫でてもらう方が好きなタチだから、欲しい時に自分からねだる方がいい。
ねえ、だから、オレを撫でて。
「涼太」
アイコンタクトの後に、オレはソファに座って手持ち無沙汰に雑誌のページをぱらぱらと捲ったり、爪の手入れをはじめてみたり、冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出したりしてみる。
オレは本当は冷えてないのを飲む派だから、彼の好みで冷蔵庫の中にしまった水は、このタイミングで取り出すとちょうどいい。
「何、飲んでるの?」
「ん、水」
椅子に座って、ペットボトルの口から直接水を飲んでいたオレは、わざとらしく唇を薄く開かせながら、彼の姿を振り返る。
「赤司っちも飲む?」
「そうだな……貰おうかな」
彼からオレにキスをするのにちょうどいい高さ。唇伝いに水を飲みながら、彼はそっとオレの項に手を置いて、ゆっくりとそれを肌に這わす。
彼がオレを撫でる感触に、オレはうっとりとした表情を浮かべながら、そっと瞼を伏せる。
その方が気持ちいいんだって分かりやすいし、キスする時には相手が目を閉じていた方が、男って盛り上がるから。撫でてってねだる時には、それが嬉しいんだってちゃんと伝えておかないと、御褒美を与える側に張り合いが無くなるし。
キンキンに冷えた水で口の中が冷たくなり過ぎて、少し寒いなって感じてたところだったから、彼と舌を絡ませるのは身体が暖かくなってちょうどいい。
それに、長いキスで唇が熱くなった頃には、オレの体はもっと熱くなりたいって感じはじめてる。
「ん……赤司っち」
名を呼ぶと、彼はオレの手を取って、椅子から立たせてくれる。
「おいで、涼太」
そのまま彼に手を引かれて、オレはベッドに向かう。
また台所に戻ってくる頃には、テーブルの上に置いたままの水は常温に返ってちょうど飲み頃だ。
セックスの後って喉が渇くから、その時の為にオレは自分の好みの温度の水をちゃんと用意出来る。
「涼太、それ、もうぬるいだろ」
椅子に座って水を飲んでいると、少し遅れて彼も台所にやって来る。
セックスの後はいつもよりも少し服が着乱れていて、シャツのボタンも多めに外してあったりして、ちょっとそそる。
「オレはこれくらいの方が好きなんスよ」
「ああ、そういやそうだったか」
オレの言葉に笑いながら、彼は冷蔵庫からキンキンに冷えているミネラルウォーターを取りだす。
ものすごく頭がいいのに、彼は何故かオレの水の好みだけは覚えてくれない。
でも、それはわざとなのかもしれない。
「赤司っち」
ペットボトルの蓋を開けて、彼が水を飲もうとする。
それを止めて、オレは彼にキスをした。だって、冷たい水を飲んだら、彼の口の中も冷たくなってしまうから。そうしたら、キスまで冷たくなってしまう。冷た過ぎる水が苦手なくらいだから、冷た過ぎるキスもオレはあんまり好みじゃない。
それに、どうせならクールダウンはしないままの方がいいし。
「もう一回、しよ」
ねえ、オレを撫でて。
ねだると彼は優しく微笑んで、オレの頬に掌を寄せた。
「いいよ。戻ろうか」
彼はそっとオレの頬を耳の側まで撫で上げて、ピアスのリングをくすぐった。
セックスの最中に、ピアスと一緒に耳朶を舐められるとオレはすごく感じてしまう。気持ちよくて、もうそれだけでイキそうになる。
その時の感覚を思いだして、もっと彼に撫でて欲しくて、オレはとろんと目を細めた。
「おいで、涼太」
次に台所に戻ってきた頃には、彼がテーブルに置きっ放しにした水はちょうどオレの飲み頃になっているはずだ。
ものすごく頭のいい彼がオレの水の好みだけは覚えないのは、もしかしたらこうしてオレからキスをさせる為なのかもしれない。
「うん」
オレは彼に手を取られて、もう一度ベッドに戻る為に椅子から立ち上がった。
(2012.7.10 pixiv初出)